2016年3月26日土曜日

進んでいるのは時計であって時間は進んでいない

進んでいるのは時計であって時間は進んでいない

何もしなければ過去のまま
想像する事で未来が出現する

体が年老いていくのは 草木実が色付き終わりいくのは
時間が進んでいるのではなく
ただその場所で腐食しているだけ

今この場所に多く浮遊している言葉にはそんな事を含ませた言葉が沢山あったりする
春はそれぞれが新しい事を始め出す時だけど
その前に良く言ったり聞いたりもしたとおもう将来性があるとかないとか
好きじゃない言葉だけども

それもきっとね


過去も現在も未来も並んでいる

有現実行未来

2016年3月24日木曜日

初めてのアロマ体験

アメリカの先住民、ラコタ族が古代から行ってきたヒーリングから受け継がれていて、衝撃のスピリチャルアロマ・トリートメントと呼ばれているらしい
と言うのを体験してきた

先ずは数日経過した今日の感想を書こう

「今でも 腸とその周辺がレインドロップの雨音に喜んで踊り続けている」

ホームページに関わらせてもらってる事からの流れで足を運んだシンプルな部屋の椅子に座り、小さく広がる森林のBGMを聴きながら用意してくれたお茶をゆっくりと飲み終わるころ、足湯の器が運ばれてきた

普段こんな風に体を労わらない僕は、これだけで幸せになったりする
足を拭かれるのは少々恥ずかしいのだが、手にくらべて触られる事が少ない足指も喜んでくれただろうなあ

専用のベッドに案内され、うつ伏せになった僕の腰あたりでのシーツの動きを感じながら、片目で見た部屋が一段と灯が落ちて落ち着きをましていた事に安心して、顔を定位置に埋めた二三呼吸の間の後に

ちりーん

と僕の体の中央で鈴が鳴り
腰から順にアロマオイルの雨だれが登ってきた

登りきった雨だれをゆっくりと葉脈を這う様に指が追いかけてくる
その最初の指が触れた瞬間にBGMが波の音に変わったのは偶然だと思うが印象的だった

これを何回繰り返したのだろう
途中、夢を何度か見たので分からないが、8回以上は繰り返したのかな

随分と長い心地よさで、体が何故か涼しい水の流れを感じていたら、今度は暖かいタオルが上半身を覆い、しだいに熱くなってきた

まるで水と火を体験した様な感想だった

次に葉脈を追った指は僕の体の半分ずつを掴み絞り始めたんだけど、この頃には僕のお腹はまるで蛙の合唱みたいに鳴っていた

喜んでたんだろうね

そんな事を感じながら
今度は仰向けになった僕のお腹をアロマオイルと手のひらが交互にマッサージを始めた
そのセッションが終わった後には、その時の体の状況に必要なお茶を選んで出してくれるみたい

そうだなあ
最初に書き忘れてたけど
背筋が伸びたかな
伸びたと言うよりも体が中心を覚えた感じって表現が似合ってるかな
歩く時に気持ち良さを感じる

実はこれまでに4人くらいからマッサージをしたいと言う声をもらったんだけど、全部結果的に断ってたんだよね

今回のはタイミング的にか分かんないけど即答で今日行くよ的な感じになって
でもそれは間違いじゃなかったかな
人それぞれだとは思うけど
そんなタイミングを感じたらお薦めだね

ありがとう

そうそう
ふんだんに使ったアロマオイルは内臓まで届いて2週間は効果が継続するって言ってた

2016年2月15日月曜日

ねむり

ねむり



ごく稀に 眠らなくても 

と言うか睡眠時間が短くても平気な遺伝子を持っている場合があるらしい

僕の場合もそれに該当するのかもしれないんだけど

いくら平気だからと言っても眠ることは大好きで 物凄く憧れだったりする

眠るなんて事は簡単なはずなのにね

それに憧れるって事は らしく生きていないってことなのかな

それとも余計なことやっちゃってるんだろうね

いずれにしても引き算で生きていないってこと

どうにでもなる事なのに どうにでもならないこと

そんな 眠りに憧れて

サイトにまとめたりした

2016年2月5日金曜日

なにも出来なくてもいいと思う

なにも出来なくてもいいと思う

何かを変えようなんて僕は思った事はないかな

それはそれで必要だから生まれると思ってるから
光と影だったり 善と悪だったりも

だけど僕は こうありたい
こう生きていたい
こんな仲間と空気を吸いあってたい

って言うのだけは強くあってね

これからも そうやって生きてくつもり

そうやって生きてきて 大人になっちゃったから辛いことも沢山あるけどね

そんな時に思うのはさ
あ〜辛いって事は好きなことやってるんだなあ

ありがとう
って思うんだよ

何にも悪いことしてないのに
ただただ一生懸命生きているだけなのに事故や事件や病気や災害や醜い行為で消えちゃう

助けられない現実がごちゃまんとある

それでも僕らは
この時間に船を浮かべて進むしかないんだよね

だから せめて僕は僕で
そして少しずつ増えている手を掴んでね

ちょっとISHICOLONYのサイトから抜粋
いつもありがとう

chibicolonyは感じたまま素のままの 大人が着色することがないものと言う事で子供達の絵を旗(シンボル)にしています。



自由で気まま小さな芸術家、誰のものでもない自分を楽しむ天才たち。
Chibicolonyでは子供たちの自由な絵を沢山みなさまにお届け出来たらと思います.

ぼくは子どものころから真剣に思い描いてることがあります。
「年齢 性別 地位 名誉 関係なく偏見 差別のない空間」
これは ぼくが夢みる綺麗事です。
chibicolonyはそんな事に共感できるみんなのコミュニティになったらいいなと思っています。
そして知らない誰かの助けになればいいなと思っています。
この思いを
ぼくは「化石になる喜び」とよんでいます